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本間 龍のブログ

原発プロパガンダとメディアコントロールを中心に、マスメディアの様々な問題を明らかにします。

警察はなぜ自白を強要するのか?自白強要側の思考と論理

 もしあなたが銀行ATMで1万円を送金する操作をしたのに、9999円しか送金されなかったらどう思うだろうか?

 当たり前だが、1円足りなくても様々な問題が発生する。引き落としも実行されない。あなたはもちろん銀行側に抗議するだろうし、これからこの銀行で大丈夫かと不安を感じるだろう。このように、実社会ではたった1円の不足でも非常な不安を感じることになるのに、ましてや「冤罪」という無実の罪をかぶせられた人の感じる怒りや絶望、不信はいかばかりのものだろうか。

 昨日まで何度か冤罪について書いてきたが、戦後「冤罪」と分かったものでも数十件あるし、水面下に隠れたものなら数百件は軽くあると思われるこの「犯罪」がナゼ起きるのか、今日は警察の立場から考察してみたい。

 まず警察を一つの組織としてみた時に、これほど風通しが悪く旧態依然とした集団はない、といいきれるほどの非能率さを誇っている。何せ未だに「親方日の丸」体質を頑なに守っている数少ない集団なのだから無理もない。

 国民からは分かりずらいが、ここも官庁なので数少ないキャリアが90%以上のノンキャリをアゴでこき使っている。キャリアの青二才が10年程度で署長になったりする、驚くべき世界だ。逆に言うと、ノンキャリは40歳を超えても「係長」止まりが多く、課長になれるのは数えるほど、ましてや部長ともなるともはや雲の上の人だ。だから若者が将来に嫌気が差して結構辞める。中途半端に残ると、民間企業に行っても態度がでかいだけで使い物にならないから、とにかく辞めるなら早いうちなのだ。

 さて、なぜここまで「冤罪」がはびこるのか、多くの方が不思議に思っているだろう。無実の人間に罪をかぶせるなんて、ありえないではないか?ところがこれを一般企業になぞらえると簡単で、要するに「冤罪」とは製造業でいうところの「不良品」を作ってしまったのと同じなのだ。

 官の精巧な管理システムでミス無く動いているように見えるベルトコンベアーも、ふとした隙に不良品を作ってしまう。警察が「犯罪者」を捕まえて「受刑者」に仕立てる段階で、ごく稀に異物(無罪の人)が混入し冤罪を作り上げてしまう。まるで「未来世紀ブラジル」のようで本当に恐ろしいが、毎日数百件の事件を抱える彼らにとってはそんなことは日常茶飯事、想定内のことであって(もちろん口が裂けてもそうは云わないが)いちいちまじめに検証など出来るか、という思考なのだ。

 ここで警察の現場を少しだけ擁護するならば、彼らの職場環境もまた劣悪だ。上意下達のみの硬直した現場、低い給料、慢性的な人手不足、次々に発生する犯罪・・・ミスが起きてもなんら不思議ではない。問題は、ミスが途中で明らかになっても、一般企業と違ってそれを認めようとせず、検察・裁判所まで巻き込んで隠蔽しようとする体質なのだ。普通の企業で云うならば、水俣病イタイイタイ病を毎年各地で引き起こしているようなもので、とっくの昔に潰れているはずだが、潰れるはずがないと国民をなめきっている集団にはなんら関係がない。

 昨日も埼玉県警で、前日夜大量の飲酒をして公用バイクを運転した(つまり仕事をしていた)巡査長の容疑をもみ消そうとしたとして懲戒免職を含む処分騒ぎがあったが、こうした事件ももはやべた記事扱いで珍しくも何ともない。たまたまこの事件は明るみに出たが、これは特異な例ではなく、間違いなく彼ら全体の体質がそうなのであり、この数十倍(数百倍?)の隠蔽された不祥事が闇に葬られているはずだhttp://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2009082202000054.html 

 しかしだからといってこのままで良い訳がない。上記のATMと同じで、どんな小さなものでも「冤罪」は許されない。それを根絶するためには、荷担した関係者を過去に遡って徹底的に処罰する体制、体質を作り上げるしかないのだが、そういうと必ず警察上層部からは「捜査側の萎縮をもたらし、検挙率が落ちる」という反論が起きる。
 
 警視総監ドノ、大丈夫ですって。すでに検挙率は毎年落ちているし、率だけ上げたければ深夜にクラブでも奇襲してクスリ関係の逮捕者を大量にでっちあげれば、いくらでも率は上げられるし、誤魔化せる。多少検挙率が落ちても、このまま冤罪を作り続けるよりは遙かにマシだ。そもそも、よく云われる「厳正な捜査」をしていれば、いくら処罰を厳しくしたところで全く問題ないではないか。今まで通り粛々とやればよいだけだ。処分が怖くて捜査ができないと云うなら、一体今までの捜査はなんだったのだ?

 それにしても、足利事件や富山事件などの発生時に警視総監や最高裁判所長官だったものたちが全く責任をとらない、反省の弁も語らないというのは一体いかがなものだろうか。私を含め、犯罪を犯してしまった者は皆ム所でそれなりに罪を償っている。無実の人間の自由を17年間も奪った行為は「犯罪」ではないのか?誰にも責任はないのか?この追求は絶対に手を緩めるべきではないと思うのだ。

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