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本間 龍のブログ

原発プロパガンダとメディアコントロールを中心に、マスメディアの様々な問題を明らかにします。

民主大勝・取り調べの可視化で知的障害者の冤罪は減るか?

 昨日の続きで、民主党政権の実現により司法行政にどのような変化が起こりえるかを考えてみよう。

 民主のマニフェストに記されているのは「取り調べの可視化」(予想予算額90億円)のみと簡単だが、実はこれを遂行することは、非常に裾野が広い変革を警察・検察に強いることになることを一般の人は殆ど理解していないだろう。

 人権意識の薄い自民党は無視してきたが、新しい政権党が「冤罪を防止する為に」今までやっていなかった可視化を実現する、ということは、今までの捜査全般において様々な問題が発生していた、と満天下に宣言するに等しい。

 警察や検察は、数々の冤罪がはっきりした現在でも、自白に依存し、自白を強要する捜査手法そのものを自己否定した訳ではない。冤罪はあくまで数少ないイレギュラーという認識であり、足利事件でも実はこっそり録画・録音していたくせに、要求がなければ知らぬふりを決め込んでいたのだ。

 自民党は警察・検察とべったり癒着していたからこの問題に無関心だったが、民主はマニフェストに載せているくらいだから必ずやるだろう。予算規模も90億円なら最も手をつけやすいし、人権擁護の象徴的案件になるからだ。

 この可視化の実現は、ただ録画を残すという単純な話だけではなく、従来の捜査手法の変革を捜査当局に強いる。無理矢理つじつまを合わせていたことが裁判でバレることになでもなれば、捜査側の信用は地に墜ちるからだ。(もう墜ちてはいるが)

 警察・検察は「被疑者との信頼関係が損なわれる」などと世迷い言を云っているが、私は彼らが真に恐れているのは実は他にあると思っている。

 それは、以前にも書いたが、(可視化によって)今まで隠れてやってきた、反論できない知的障害者に罪をかぶせるという恐るべき違法行為が出来なくなってしまう、ということだ。

 私がいた黒羽刑務所には、知的障害者認知症老人が数多くいた。彼らの話を聞いてみると、逮捕時の容疑は万引等1件なのに、いつの間にか複数の容疑がプラスされ、判決が下されるときにはナゼか何件もの容疑で有罪になっていた、という人が何人もいた。

 これはどういうことかというと、そういう知的障害を持つ人や老人たちは、未解決の軽微な事件(万引きや窃盗)の犯人に仕立て上げられやすい、ということなのだ。

 マスコミで話題になるのは大事件ばかりだが、実は警察が扱っている大半の事件は些末と云ってもいいような万引きや窃盗事件だ。そういうものの多くは証拠や目撃者不足のため未解決になりやすい。

 しかしそのままにしておくと検挙率が下がり検察や上層部からの評価が下がるから、反論の出来ない知的障害者に罪をかぶせるという手法が隠然と行われてきた。多くの場合彼らにはやる気のない国選弁護人がつき、十分な審議がされないまま片っ端から有罪判決が量産された。警察・検察にとって実に都合のよい「検挙率上昇装置」だったわけで、可視化によってこれがなくなるのは彼らにとって相当大きな打撃となるだろう。

 ある事件で捕まった知的障害者に、「お前、この事件もあの事件もやったんだろう、認めれば刑を軽くするよう裁判長に頼んでやるから認めてしまえ」などと誘導し、哀しいかなそれを認めてしまう人たちが大勢いる。恐ろしいことだが、これは恐らく全国の警察で延々と続いてきた手法なのだ。

 しかしこれも、弁護士にやる気さえあれば、取り調べ可視化によって殆どの場合防止できる。残った問題は、やる気のない国選弁護人と裁判官だ。かれらは知的障害者が累犯になることなど何とも思っていないし、弁護もおざなりなら審理もいい加減だ。少なくとも国選弁護人の問題は、報酬額を上げるなどして早急に解決しなければならない。それがこの問題の早期解決策だ。

 この他に、民主党政権によって変革が予想される司法案件は、

・死刑制度の存廃論議の加速
・冤罪事件のすみやかな調査・救済と関係者の処罰
・刑務所等拘禁施設内での人権蹂躙案件の審理と処罰
・国選弁護人の報酬額増額検討
最高裁判事の国民審査(現行方法の見直し論議)
・警察内部の汚職・隠蔽体質の監視強化
・警察関連天下り団体の実態調査

 等々、いくらでもある。体制が変わるというのは、そういうことだ。

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