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本間 龍のブログ

原発プロパガンダとメディアコントロールを中心に、マスメディアの様々な問題を明らかにします。

四方田犬彦氏によるのりぴー擁護論

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http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/090913/acd0909130756005-n1.htm

作家の四方田犬彦がのりぴー擁護論を発表し話題になっている。下記記事を読んでもらえばわかるが、大意としては
「敗戦直後の作家達も当時は覚醒剤を常用する者が多かったが、彼らの作品はそれでも歴史に残っている。更に今回ののりぴーなど比較にならないような醜聞にまみれたスター達もいるではないか、なぜのりぴーはこんなに叩かれるのだ、」というもの。先ずは氏の文章をお読み頂きたい。

『産経ニュースより引用
タレントの酒井法子氏が覚醒(かくせい)剤を所持していたことから起訴され、もう数週間になろうとしている。才色兼備のうえに富裕な生活、理想的なお母さんを演じてきたアイドルは、一夜にして犯罪者の汚辱に塗れた。久しぶりに出現した「堕(お)ちた偶像」に、メディアも大衆も我(われ)を忘れて興奮している。

 だが待てよと、わたしはいいたい。なるほどある種の薬物の使用は現下の日本の法律では許可されていない。厳然たる悪である。だがその悪としての側面を強調し、大義名分さえ踏まえていれば何をどう叩(たた)いてもかまわないと面白がるメディアの姿勢には、疑問がないわけではない。敗戦直後の田中英光坂口安吾といった文学者は、ヒロポンやアドルムを常用しながら敗戦の絶望感を克服して、戦後文学に残る記念碑的な小説を書き上げた。覚醒剤を絶対の悪と見なすなら、彼らの業績を「国文学界」は全否定しなければなるまい。欠損家庭に育ち、過剰なストレスのなかを生き延びてきた酒井容疑者が、虚像とはいえ理想的な人生を構築してきたことには、もう少し共感の眼差(まなざ)しが寄せられてもいいのではないか。

 美空ひばりミック・ジャガーも、彼女よりもはるかに巨大な醜聞に晒(さら)され、それを克服してカリスマ的な威光を得た。近いところでは荻野目慶子も、情痴事件に巻き込まれた後、前衛舞踏家の笠井叡と共演したり、足立正生のフィルムに出演して芸域を拡げ、独自の存在になりつつある。かくなる上はのりピーも愛称を「悪ピー」と変え、若松孝二瀬々敬久の映画で主演するくらいに開き直ってほしいと思う。芸能界とは鶴屋南北の時代から、悪をめぐる魅惑によって成り立ってきたのだから。(明治学院大学教授)


 確かに総論として納得がいく点もなくはない。大新聞などの抑制のきいた報道を除くと、まぁよくぞここまで品のない記事を書くものだ、と唾棄したくなるような内容を書き連ねる週刊誌やスポーツ紙も少なくない。墜ちた偶像だから何をしてもよいということはありえず、そうした行為は批判されるべきだと私も思う。

 ただ、坂口安吾などの作家達と比較してのりぴーを赦免するのはどうか安吾は大好きな作家で、彼がヒロポンを常用していたのも事実だが、それは敗戦後の明日をも知れぬ混沌と絶望、虚脱感から逃れるための使用であり、金銭的に満ち足りて、快楽のみを追いかけたのりぴーとはそのおかれた環境がまるで違う。安易に彼らとのりぴーを同列視するのはやめるべきだ。

 安吾らがヒロポンを使用していた頃、日本は敗戦直後のどん底にあった。大都市の殆どは焼け野原で明日食うものもなく、人々は餓死から逃れるために闇市や買い出しに奔走した。戦争に敗れた国も人々の生活も、明日どうなるか皆目分からない状況が数年間続いていたのだ。

 そんな絶望的な食糧不足・生活不安の中で、ヒロポンは最も安易に疲労を回復する(と当時は流布されていた)栄養剤のように使われ、その副作用についてはきちんと認識されていなかったので、政府が1951年に禁止するまで50万人以上とも云われる中毒患者を生んだ。いうまでもなく覚醒剤には強烈な幻覚等の副作用があり、そのままにしておいては阿片により亡国を招いた清帝国の二の舞になりかねないと判断されたのだ。この判断は正しかった。

 そういう時代にある意味「仕方なく」ひろぽんを使用していた者たちと、人気商売故のストレスがあったとはいえ快楽目的で覚醒剤を使用したのりぴーを同列視したのでは地下の安吾も浮かばれまい

 後半の美空ひばりミック・ジャガー、荻野目慶子の名前を出す部分は、彼らに習って再び力強く復活せよという応援だから特にいうことはない。ここまで一方的なパッシングが吹き溢れる中、彼のように地位のある人がここまでの文章を発表したという心意気には敬服する。いかなる意見でも発表する自由がある国に私たちは住んでいるのだから。
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