市橋達也「逮捕されるまで」を読んで
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市橋達也被告が拘置所内で書いた「逮捕されるまで 空白の2年7ヶ月の記録」を読んだ。
被告は英国人リンゼイ・アン・ホーカーさんを殺害した疑いで2007年、逮捕寸前に逃亡。以来、2009年11月に逮捕されるまでの2年7ヶ月、北は青森から南は沖縄の離島まで逃亡生活を続けた。本書はその記録。
読了後に強く感じたのは、殺人を犯した(彼自身が既に認めている)というただ一点を除いて、彼がごく普通の青年だったことだ。というよりも、実はかなり優秀で頭の回転が速く、次々に素早い判断を下して行動している。その行動力も抜群といっていい。
少しでも警察の兆候を感じ取れば、すぐに身を隠し、山の中奥深くに隠れ、何日でも野宿する。鉄道利用が危険と思えば、駅から駅へひたすら歩く。そこに甘えや油断など微塵もなく、一度決めたらやり抜く意志の強さを感じる。
逃亡期間中、マスコミは彼が女装しているとか、誰か協力者がいるとか、海外に逃げたとか様々な憶測記事を垂れ流したが、被告は文中でそれらを全て否定している。家族や友人に電話一本入れれば逆探知されることも十分わかって行動しているし、ましてや、女装などするなら死んだ方がマシだ、とまで述べているから、マスコミの憶測記事というのはどうにも当てにならないものだと改めて思い知らされる。
逃亡したときには4ー5万円しか持っていなかったから、ほどなくホームレスのようになる。公園などで野宿しながらも、沖縄まで辿り着いてそこからフェリーに乗り、離島で生活を試み、また沖縄に戻って日雇い労働で生計を立てるまでになる。誰にも頼らない精神力の強さが垣間見られる。
ただ結局の所、リンゼイさんに対する贖罪の念にかられながらも、何故2年7ヶ月もの間逃亡を続けたのか、という部分については、「自由を失いたくなかった」「さらし者になりたくなかった」程度の記述しかなく、はっきりは分からない。
贖罪の念を語る部分は文中に何度も登場し、日勤・夜勤両方をこなし、辛い肉体労働に打ち込むのも自分への罰なのだ、仕方ないのだ、という記述もあるものの、そうまで感じているなら何故出頭して本当に罰を受けようと考えなかったのか、という点が抜け落ちていた気がする。必死で逃げているときの思考とは、そういうものなのかも知れない。
ただ最後のページで、「僕は許されないことをした。逃げる前も逃げた後も、僕は結局自分のことしか考えていなかった。僕は事件を起こし、怖くなって卑怯にも逃げた。逃げることで、もう一度リンゼイさんの御家族、僕の両親、たくさんの人たちを深く傷つけた」とある。この言葉があの逃亡生活の総括なのだろう。
公判前の被告が本を出すという行為をマスコミは懐疑的な論調で捉え、リンゼイさんのご両親は嫌悪感を発表した。しかし、被告は現在両親との接触を断っており、全くの無一文だ。裁判費用に関しては以前ご紹介した大学時代の恩師、本山直樹千葉大教授が「市橋達也君の適正な裁判を支援する会」http://naokimotoyama.blogspot.com/を立ち上げ、集めた募金でなんとかなっているが、それ以外の収入は全くない。また、リンゼイさんのご両親に送った手紙も受け取りを拒否されていて、謝罪も出来ていない状況だ。
そうした状況で、せめて本の印税をリンゼイさん御家族に届けたいとする被告の気持ちは、ある程度理解出来る。短時間で、あの拘置所の小さな机で原稿を仕上げた精神力にも驚きを感じた。ちなみにこの本の中には、リンゼイさんの記述、実際に彼女と何があったのか、という記述は一切無い。これはこれからの公判を考慮すれば仕方のないことだし、逆にリンゼイさんとの詳細な記述があったのでは、嫌悪感が先に立ってその印税を届けるという行為も否定されてしまうだろうから、この書き方は正しい。
本山教授は繰り返し被告のことを、「ごく普通の真面目な学生だった」と述べておられるが、この本を読んで先生の言葉は正しいという認識を新たにした。ごく普通の青年がなにかのきっかけでとんでもない犯罪を犯した。そこには、なにか引き金になる状況が必ずあったはずで、それは裁判で明らかにされるだろう。
本人は殺人は認めており、(強姦致死は認めていない)その点で長期刑は免れない。それでも文中にあったリンゼイさんへの贖罪の気持ちを持ってこれから生きていって欲しい。長く辛い刑期を全うすることが、亡くなったリンゼイさんに対して彼が出来る、現在唯一の償いだと思う。
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