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本間 龍のブログ

原発プロパガンダとメディアコントロールを中心に、マスメディアの様々な問題を明らかにします。

市橋被告の著書「逮捕されるまで」が映画化されるらしい。(12/2追記有り)


マスコミ・映像関係者の皆様
 勾留施設についての記事制作・番組制作等でのコメントや、ドラマや映画制作の設定監修等でご質問があればお気軽にご相談下さい。報道番組へのコメント、新聞社との特集制作、テレビドラマの設定監修等で実績がございます。

 また、刑務所内部の話、刑務所を中心とした拘禁施設の現状、再犯問題、出所者の社会復帰についての講演・講義も行っております。お気軽にご相談下さい。


以下、スポーツ報知より転載。http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20111123-OHT1T00020.htm

 2007年、千葉県市川市で英会話講師の英国人リンゼイ・アン・ホーカーさん(当時22歳)が殺害された事件が初めて映画化されることが22日、分かった。殺人罪などで無期懲役の判決を受けた市橋達也被告(32)が逃亡生活の様子、心境をつづった手記「逮捕されるまで 空白の2年7カ月の記録」をもとに、香港、台湾で活躍する日本人俳優ディーン・フジオカ(31)が初監督、主演に抜てきされた。タイトルは「I am Ichihashi〜逮捕されるまで〜」で、来年公開。

 映画「I am Ichihashi―」は、市橋被告の手記「逮捕されるまで―」(幻冬舎刊)が原作。前例のない逃亡犯の手記として、公判前の1月に出版され話題になった。

 アカデミー賞外国語映画賞の「おくりびと」を手掛け、今作も製作するセディックインターナショナルの中沢敏明プロデューサーは「映画の題材として際立っている。本来、映画は影があった方がおもしろい。そんな時にこの題材を見つけた」と説明。07年3月に千葉県警の職務質問から逃れ、09年11月に逮捕されるまでの2年7か月間、23都府県を転々とした市橋被告。映画では、4度の自給自足生活を送った沖縄・オーハ島、作業員として寮に住み込みで働いた大阪での生活を軸に人間の業を描く。

 監督、主演のディーンは香港、台湾で活躍する日本人俳優。日本での実績はゼロ、今作が初メガホンという異例の抜てきとなる。中沢氏が注目したのは、ディーンが高校卒業後、米、香港、台湾を10年以上渡り歩いてきた異色の人生経験だった。「長い間、外から日本を見ていたからか、日本人であって俯瞰(ふかん)的に日本を見られるまれな存在。独特の感性、考え方に強烈なインパクトを感じた」と起用を即決した。

 ディーンは原作を繰り返し読み、担当弁護士を取材。実際に、市橋被告の足跡をたどる旅をして役へのイメージを膨らませた。「オーハ島は平常心を保てない、地の果てのような場所。(大阪)あいりん地区は日本の社会の縮図を見た気がした。体に染み込んだ感覚を作品に反映させたい。今は取りつかれたくらいに四六時中、市橋被告のことを考えている」
 日本中を騒がせた殺人犯役だが「迷いはなかった」と言い切る。「自分の生まれた国で初めての仕事。努力次第だが、先に広がっていくチャンス」ととらえ、強い覚悟で挑む。「覚悟がなければやる意味がないし、やり切ることはできない。遺族の方、事件で悲しい思いをした人たちに責任感を感じる。命の尊さを伝えたい」と力を込めた。
 クランクインは来年1月を予定。市橋被告との接見を望むディーンに、関係者は「被告次第だが、どこかでチャンスを作りたい」と話している。(転載ここまで)


 さすがセディック、目の付け所が違う。市橋被告の著書は目論み通り売れて印税は1千万を超えたというから、潜在的な観客はいると踏んだのだろう。何よりも「リアル」のもつ力は凡百の創作物を遙かに凌ぐ。そういうものを観たいという人は少なからず存在するだろう。

 市橋被告は最初から、「印税は全てリンゼイさん御家族へ、受け取り拒否された場合は社会福祉に使って欲しい」と言っていた。御家族は受け取りを拒否したらしい、と聞いたがその後どうなっただろうか。

 この本の出版時に「不謹慎」とか「家族の気持ちを分かっていない」とか色々批判があったのは知っている。しかし、私はこの出版には肯定的な立場だ。殺人事件そのものは当然裁かれるべきで、彼自身も反省している。今さら何をしても亡くなった方は返ってこない。しかし、現実に法廷の場でその代償として必ず議論されるのが「損害賠償金」であることは誰もが知っている。命はカネに変えられない、ということは十分分かっていても、他に代替え出来る物がないから、結局その話になることが多いのだ。

 逮捕されたとき、市橋被告の所持金は20万円あまり。これが全財産で、彼は両親との通信も絶っているから、実質的に無一文に近い状態だ。その彼が、法廷で謝罪し刑に服する以外に、遺族になにがしかの賠償をしたいと望んだとき、賠償金を作る手段は手記を書くことしかなかった。通常、被告が動産や不動産を持っていればそれを処分して被害者に賠償するという一般的な方法を、彼は「手記」を書くことに置き換えたに過ぎない。私はそう思っている。そして、本の中身も、十分に抑制が効いた内容だった。
(彼の本についての感想は、2月1日の拙文http://d.hatena.ne.jp/gvstav/20110201/1296542080 をどうぞ)

 但し、映画化に関しては少々複雑な思いだ。今回の映画化も恐らく、その時に交わした契約に拠るものなのだろう。その収益の何パーセントかは遺族へ、ということではないか。でも多くの人間がかかわる映画は、その収益全てを寄付するわけにはいかない。ドキュメンタリーでもないなら、少しでも多くの観客に見えてもらおうという演出上の工夫が足されることになる。

 そのように、映像に音楽や様々なエフェクトをつけて感情に訴える工夫をした映画は、被告が文字に託した切実なメッセージを勝手に変えてしまう危険性がある。また、脚本段階で脚本家の思惑が入るし、俳優はどんなに熱演しても、所詮被告本人ではない。そこには、他人が無意識のうちに作り出す「別の市橋像」が投影される。そこまでいくと、果たしてそれは市橋被告が伝えたいと望んだことなのか、少し違和感を覚えるのだ。

しかも、被告本人は撮影現場に関わることが出来ないし、ラッシュ(試写)を観ることも出来ない。下手をすると、出所するまでその映画を一度も観ることが出来ないかも知れないのだ。しかし、映画が作られることで一段と批判を浴びるのは市橋被告自身である。最初から最後まで自分で書いた本なら、どのような批判がきても仕方がないが、全く制作にタッチできない映画の危険性について、彼はどのように考えているのだろう。彼の思いを聞いてみたいと思った。


 ☆12/2 追記


市橋達也君の適正な裁判を支援する会(http://naokimotoyama.blogspot.com/)の本山先生のブログは何度か紹介している。その11月29日の文章によれば、この映画化は完全に出版社と映画会社のみによる企画で、弁護団には事後通告だったらしい。しかも、「著者本人には発言権がない」とのことなのだが、これは出版の際の契約に基づくのだろうか。

 私も本を出しているし、元は広告会社の人間だから契約関係について少しは知っているが、これはちょっと奇妙だ。著作物に関しては当然ながら著者に権利が帰属するし、それを元にした映画ならば、当然著作権料が発生する。多いのは、著者は映画化の許諾だけして、OKならば許諾権料をもらい、あとは全て制作側に任す、というパターン。これだと、例え出演者やストーリーが意に染まなくても、作者は何も言えないのだ。

 しかし本山先生の記述では、市橋被告には映画化する、しないの許諾権さえなかったらしい。弁護士が文句を言わないと言うことは、本を出すときの契約書にそういう付帯条項があったのかもしれない。

 市橋被告本人は「勝手にすればいい」と言っているそうだが、本人の許諾を得ていないことは公開の際に必ずマスコミで話題になるだろうし、決してプラスには作用しないだろう。その辺りの整理をきちんとするべきではなかったろうか。



逮捕されるまで 空白の2年7カ月の記録

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苦役列車

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