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本間 龍のブログ

原発プロパガンダとメディアコントロールを中心に、マスメディアの様々な問題を明らかにします。

足利事件再審 検察の謝罪は口先だけだ


 
 


 本日の足利事件再審公判で冒頭、検察側が謝罪するという異例の展開があった。以下毎日新聞より。

http://mainichi.jp/select/today/news/20100212k0000e040067000c.html

足利事件論告わずか1分 菅家さん「物足りない」>



2010年2月12日 12時30分 更新:2月12日 13時29分





 17年余りの無実の罪を認める論告はわずか1分で終わった−−。12日、宇都宮地裁で開かれた「足利事件」の再審公判。



 論告で検察側は冤罪(えんざい)で自由を奪われた菅家利和さん(63)に無罪を求刑した。公判の担当検事は誤りを認めて謝罪したが、菅家さんが最も求めたのは、取り調べた元検事の謝罪。菅家さんは終始、険しい表情を崩さなかった。【立上修】



 検察側が無罪を求めたことで事実上の無罪判決が出たとも言えるが、菅家さんの心は晴れなかった。公判後の記者会見で「17年半を思えば、1分少々(の論告)じゃ物足りない。謝罪はあったが、1分少々では腹の底から謝ったとは思えない」と不満を述べた。



 会見に先立ち、菅家さんは、前夜に降った雪を踏んで宇都宮地裁に入った。午前10時、開廷が告げられると、弁護団席に座り、硬い表情で目を伏せた。

 

 検察側が無罪を求刑した論告。再審担当の検察官が「17年余りの長期間にわたり服役を余儀なくさせて、取り返しのつかない事態を招いたことに検察官として誠に申し訳なく思っている」と謝罪した瞬間、菅家さんは天井を見上げた。だが、検察官3人が頭を下げても、小さくうなずいただけだった。



 91年12月1日早朝、突然現れた刑事に任意同行を求められた。あずかり知らぬ罪を着せられ、釈放されるまでの6396日間も自由を奪われた。その罪を解くための論告は、わずか1分足らずで終わった。



 弁護側の最終弁論が始まり、捜査と裁判の過ちに言及しても、菅家さんは手元を見つめたままだった。公判の最後に、裁判所に対して冤罪被害者が二度と出ないように事件の真実を明らかにするよう求める意見陳述をした。



 ◇菅家さん意見陳述

 再審公判の最後にあたって、裁判所にお願いしたいことがあります。それは、なぜ何もやっていないのに私が犯人にさせられ、17年半も自由を奪われたのか。その原因をきちんと説明してほしいということです。そして、こうなった責任は誰にあるのかも、きちんと説明してほしいということです。



 森川(大司・元)検事と福島(弘文)科警研所長は、私に謝りませんでした。それは納得できません。裁判所にはどうしても私に謝ってほしいと思います。



 私が間違って犯人とされたため、真実ちゃんを殺した犯人はいまだに逮捕されていません。本田鑑定が犯人のDNA型を明らかにしたのに、検察官はまるで犯人を逃がすようなことをしています。そのようなことは絶対に許されないと思います。



 自由を奪われた17年半は、本当につらくて苦しい毎日でした。私と同じように冤罪で苦しむ人が今後二度と出てほしくはありません。そのためにも足利事件の真実を明らかにしてほしいと思います。裁判官、どうか、私の17年半を無駄にしないような判決をお願いします。

(引用以上)





 この再審は法的に菅谷さんに無罪判決を出すための形式的なものなので、検察ははなから争う姿勢がなかったが、この謝罪は前回証人尋問された森川元検事が謝罪しなかったことに対する世論の反発に押された検察がしぶしぶ行ったものだろう。



 もともとこの再審における検察側・弁護側の目的は天地ほどの開きがあった。



 弁護側は再審の場で冤罪の構図と責任の明確化を求めたが、検察側は法的に(形式的に)無罪を言い渡すためだけの場としてしか認識していない。裁判所側も基本姿勢は検察と同じだが、少しだけ弁護側の言い分も聞いた、という程度に過ぎない。



 検察の謝罪はもちろん、口先だけのモノだ

本当に「17年余りの長期間にわたり服役を余儀なくさせて、取り返しのつかない事態を招いたことに検察官として誠に申し訳なく思っている」のならば、その過程で起きたDNA鑑定のミスと自白強要についてなぜ一言も触れないのか



 原因があってこその結果である。「DNA鑑定と自白強要が重なって致命的な冤罪になりました」とでも云うならまだしも、これでは「真相はよくわかりませんがとりあえず謝っておきます」程度のものでしかない。



 更に穿った見方をすれば「検察官として誠に申し訳なく思っている」という表現は、「検察全体」ではなく「今回の公判担当検事」として、という意味にもとれる。個人としては謝罪するが、検察全体ではないぞ、と改めて宣言しているようにさえ聞こえる。



 繰り返し述べるが、このような大事件の場合、真の謝罪と受け止められるのは集団のトップ、検事総長の謝罪だけだ。トヨタリコールも結局社長が出てくるまで収まらなかったではないか。





 菅谷さんの言葉にあるとおり、この裁判を注視する人々が最も求めているのは「責任の明確化」である菅谷さんの17年間を奪った「犯人」を明確化して責任を追及できなければ、結局はこの再審も茶番である。


 来るべき3月26日の判決で、警察・検察・裁判所それぞれの具体的な責任の所在について少しでも触れることができるのかどうか、また、判決を受けて検事総長の謝罪があるかどうか、更に注目したい。



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