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本間 龍のブログ

原発プロパガンダとメディアコントロールを中心に、マスメディアの様々な問題を明らかにします。

大相撲とは伝統という錦の御旗に胡座をかいた鬼っ子である

 野球賭博における元貴闘力、大嶽親方のコメント。ここまでしゃべると逆に「まァしょうがねえか」という親近感が湧いてくる。


 正直、私はこの一連の野球賭博ニュースに何の驚きも感じなかった。だって、相撲界なんてそんなものだろう。腕力だけでのし上がる世界。サッカーや野球のような、チームプレーとか協調とかまだろっこしい話は一切なし、己の力のみで勝てば官軍の世界だ。朝青龍がその典型例だろう。あれだけ滅茶苦茶をやってもファンが多かった。ようするにダークヒーローとして認知されていたのであり、世間とは勝手なもので、そういう存在の方が人気が高かったりする。

 十両になれば途端に年齢に関係なく給料が100万円を超す。幕内になったら130万円。さらに番付が上がればタニマチから10万単位で何100万もの小遣いが「降って」くる。もちろん無税。強くなればなるほど金銭感覚は麻痺してくる。弟子達はそんな先輩を見ながら育つのだ。しかも思いっきり閉鎖的な社会だから、金を稼いでもばくちで使うくらいしか能がない。逆に、それを取り上げる方が野暮で気の毒な気もする。

 それでも、「ケンカ上等、腕力だけの世界」だけではいかにも世間様に通りが悪いから、表向き「礼儀」や「規律」を喧伝するが、内情はもちろんそんなものだ。「特に地方巡業ではやることがないから、朝から賭け事ばかりだった」という元力士のインタビューもあったが、彼らのやるべきこととは「賭け事」ではなく「稽古」ではなかったのか。

 まさしく旧態依然とした「飲む・打つ・買う」の世界であり、今回琴光喜に責任をかぶせてトカゲの尻尾切りをしても、絶対に体質は変らない。なぜなら、相撲とはどう美辞麗句で誤魔化しても、結局はルールのある「喧嘩」だから。だからどん欲で荒々しい者が勝つ。最近日本人力士が上位に全くいないのはそのせいだ。幕内に入ればそこそこというか、楽に食っていけるのだから、無理して上位なんていかなくてもいい。

 そもそも国技だなんていっても、国内だけで存在する絶滅寸前の競技。サッカーや野球、カーリングなどとは異なり、一般人には殆ど縁もゆかりもない、見せ物としての特殊なスポーツ。本質はプロレスやボクシングの見せ物興行となんら変らない。(プロレスやボクシング選手の方がずっとストイックだが)

 これだけ大騒ぎになるのも、大相撲協会が財団法人として税金免除を受けていたり、NHKが全国放送をして「公共性が高い」と言われているから。でも親方衆の間には、改革なんてやりたくないという空気が蔓延しているという。自分たちの既得権が無くなるからだ。彼らは本当に長い間、「伝統」という錦の御旗に守られ、極めて閉鎖的な世界で生きてきた。
ある意味、「伝統」といえばノスタルジックに何でも大事にしたがる日本社会が育んだ、鬼っ子のような存在だろう。

 しかし、そのやりたい放題にも限度というものがある。暴力団資金源になっている現状は絶対に是認されない。でもどうせ自浄作用などないのだから、このさい財団法人認可を取り消して株式会社化させ、NHKでの放映もやめるべきだ。そうすれば他の競技団体と同格になり、「自浄努力」とはどういう意味が少しはわかるだろう。

 その時こそ、相撲界の親方達も、自分たちの今の地位がいかに二重三重に「守られてきた」のか思い知るだろうし、それでも人気があれば、民放でもスカパー!でも放映するところがあるだろう。人気が出なければ衰退していくだけだ。「伝統」を惜しむ気持ちは私にもあるが、今の規模は衰退しても、「伝統」としての相撲は細々と生き延びるのではないか。

 とはいえ受刑者にとっての相撲中継は数少ない娯楽の目玉だけに、無くなるのは寂しい気もする。受刑者が見られるライブ映像は殆どないので、数ヶ月に一回、外の世界を垣間見られるのは非常に貴重な機会なのだ。もっとも、こんな考え方をするのは、体験者だけだろうなぁ・・・

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