本間 龍のブログ

原発プロパガンダとメディアコントロールを中心に、マスメディアの様々な問題を明らかにします。

「原発プロパガンダ」を記録する重要性

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28日は、「原発広告と地方紙」のデータ収集をやっていただいたボランティアさん達と楽しい昼食会でした。皆さんそれぞれ様々な動機でこの度のデータ収集に参加頂いたのですが、驚いたのは皆さんの経歴の豊富さ。長年プラントエンジニアとして世界各地で活躍された方(70代!)や、やはり長年ネイティブアメリカンに惹かれてアメリカにいらっしゃった方、カンボジアでボランティアされていた方など、国際色も豊か。そうした方が、「反原発のために何かしたいというお気持ちで、今回の作業に結集頂いたのです。皆様、本当に有り難うございました!

 

 席上でもお話ししたのですが、この「原発広告」シリーズは、日本という国が総力を挙げて原発推進に猪突猛進した、負の歴史を記録しようとした本です。

 有史以来ひたすら領土の取り合いをしてきたヨーロッパ諸国とは異なり、日本という国は太平洋戦争に負けるまで、幸か不幸か「戦争に負ける」という体験をしないで済んできた国でした。負けたことがないので、真剣に反省することが必要なかったのです。

 これに対し、西欧列強であるフランスもドイツもイタリアも、数世紀にわたる戦争、特に20世紀の二つの大戦を経て「反省する」ことの大切さを学びました。特にドイツのナチスに対する反省は凄まじく、小学校から徹底的にその問題点を追及し、高学年の現代史の授業は殆どがナチス否定のために費やされると聞いています。第二次大戦を引き起こした結果、国が滅亡し、さらに戦後長い間東西に分裂させられていた現実に基づいた政策なのでしょう。

   しかし、同じように国土の大半を焦土にされた我が国は、敗戦を「終戦」といってごまかし、さらには連合軍による極東軍事裁判に戦犯追及を任せきりにし、自前で戦犯を裁くことをしませんでした。もちろん戦後しばらくは戦争に荷担した元軍人や財閥、政治家などはパージされていましたが、それが解けると彼らの多くはまた大手を振って元のさやに戻っていったのです。結果的にこの「責任を徹底追及しない体質の温存が、その後の我が国の運営全てに適用されてきました。

   この国家を挙げての無責任体質は、我が国の歴史教育に如実に表れています。300万人以上の国民が亡くなったあの戦争に関する教科書の記述は非常に少なく、授業時間も極めて短いままであり、当然ながらあの戦争の責任がどこにあるかなど、全くと言って良いほど教えていません。  

    私は、この「責任追及をしないいい加減さ」が「第二の敗戦」とも言うべき福島第一原発事故処理の無策、究極のモラルハザードにも繋がっているのだと思います。記録という面で言えば、日本の太平洋戦争突入に荷担したメディア(当時の新聞・雑誌)の責任はすでに定説となっており、様々な著作や資料でその当時の記事や論調を確認することが出来ます。しかし、311以前の原発プロパガンダに協力していたメディアのまとまった記録はどこにも存在せず、ヘタをすると誰も検証しないまま証拠が消去されていく恐れがありました。それを阻止するために、私は拙著を書こうと考えたのです。

    「プロパガンダ」と書くと、多くの方々は「現代の日本でそんなことが起こるはずはない」という先入観があり、懐疑的な表情をします。しかし、原発推進は産官学の複合体に加えてメディアまでが加担したことは明らかであり、その40年以上という年月は、我が国の戦後の歩みと重なっています。ですから、なぜそのような体制になってしまったのか、社会学的・歴史的な見地からの分析が必要な領域にまで達していると思うのです。

    今回の新作執筆にあたり集まったデータは、写真にして8500点以上という膨大な量でしたが、本に掲載できたのはわずかにその20分の一でした。これに前作で集めたデータを加えれば、優に1万点以上の資料があります。

これを後世に残し、志のある方々、研究者に役立ててもらうため、現在アーカイブ化の構想を練っています。 完成すれば、年月日・メディア名・タイトル・記事中出演者というあらゆる調べ方が可能になり、我が国の原発プロパガンダ史を実証するだけでなく、あわせてメディア史・広告史をも俯瞰する一大データベースになると考えています。ご関心のある研究者の方がいらっしゃれば、是非ご一報ください。 

 

原発広告

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原発広告と地方紙――原発立地県の報道姿勢

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