本当に困っているのは誰か?朝日の底の浅い「刑務所の医師不足」記事
またまた朝日の夕刊にム所関係の記事が。最近夕刊に載る確率が高いような気がするが、こういうのはスペースが空いたときに入れる程度の記事なのだろうから、夕刊がやりやすいのかも知れない。ちょっと転載してみよう。
<「塀の中」も医師不足、1割で欠員 非常勤でしのぐ>
慢性的な医師不足が「塀の中」にも影を落としている。全国の刑務所で常勤医が不足し、定員の1割以上が欠員状態だ。医師がいないと、受刑者を外の病院に連れて行かなければならず、付き添う職員の負担は大きい。何とか所内で診察できるよう、各施設は非常勤や派遣の医師を活用してしのいでいる。
法務省によると、刑務所や拘置所など全国188の刑事施設(支所を含む)で常勤医がいるのは90施設。定員は226人だ。05年4月に16人だった欠員は徐々に増え、今年4月では30人に。
法務省は今年度初めて、350万円の予算を付けてインターネットで医師募集の求人広告を出した。これまでに4人を採用できたが、退職者も出たため、9月1日現在でまだ29人の欠員だ。
医師不足は、04年度に研修制度が変わり、若手が地方に派遣されなくなったことが要因とされる。常勤医は取り合い状態になり、その影響をもろに受けた形だ。
東北地方の刑務所で勤務した経験がある矯正局幹部は、地元の医師会に紹介を頼むと、こう言われたという。
「その報酬じゃ、塀の外の半分にも満たないですよ」
幹部は「それ以上の話をさせてもらえなかった」と悔しがる。
刑事施設ならではの不利な要素もある。患者となる受刑者らは高血圧や糖尿病など生活習慣病が多く、最新の医療設備もないため、医師の技量向上にはつながりにくい。受刑者とのトラブルが心配という本音もあるようだ。
刑務所はまず非常勤医師を集めてしのぐが、報酬の安さから週1、2回が限度。確保できなければ、所外の病院に連れて行くしかない。受刑者1人に職員2、3人は必要で、ただでさえ人手不足の刑務所には頭が痛い問題だ。
医師不足を何とか解消しようと、各地で模索が続く。月形刑務所(北海道)では、医務室を「民間病院」扱いにして外部の病院に入ってもらった。患者は受刑者のみだが、病院にとっては安定した利用者数が見込め、診療費をとりはぐれない利点がある。
喜連川社会復帰促進センター(栃木県)は、労働者派遣法に基づき外部から医師の派遣を受ける。美祢(山口県)と島根あさひ(島根県)の社会復帰促進センターも、周辺の公立病院などに医務室を運営してもらっている。(延与光貞)
(引用ここまで)
いやはや、またもや見事なまでに受益者視点が欠落した記事だ。
この記者は、ム所の医師不足によって困るのは一体誰だと思ってこの記事を書いているのだろうか?
『医師がいないと、受刑者を外の病院に連れて行かなければならず、付き添う職員の負担は大きい』とあるから、一番困っているのは刑務官だと思っているのだろうか?
懸命な方はもうお分かりだろうが、医師不足で一番困るのは無論、患者である。ということは、この場合はいうまでもなく受刑者。もしこれが塀の外の話ならば、医師不足により住民や患者がどのような状況にあるか、という記事になるだろうし、そうでなければ意味がない。
ところがこの記事には、医師不足がム所内でどのような状況を引き起こしているか、という患者視点が全くないのだ。
法務省もその実情を表には出したくないから、結局はこうした底の浅い記事になる。
何度も書いたが、私のいた黒羽にも常駐医師はいなかった。看護士が週二回、工場を廻って「医務」という検診を行うが、彼らは医者ではないので、厳密に言えば医療行為ができない。でもそんなことを言っていたらム所の医療はあっという間に崩壊してしまうので、この看護士たちが簡単な風邪や怪我などに対して投薬などを行っている。
その看護士たちが手に負えない患者を非常勤や派遣の医師が診察するのだが、彼らは一〜二週間に一回程度しかこないので、患者はその間待たされることになる。
また、どんなに症状を訴えても看護士が必要と認めなければ医師の診察は受けられないから、その段階で切り捨てられたり無視されたりする者が、特に病状を正確に伝えられない障害者や老人に非常に多い。
運良く診てもらえることになっても、対応できる医師が来所するまで下手すると一週間以上待たされる。精密検査してくれ、などといっても重態にでもならないかぎり無視される確率が圧倒的に多い。ましてや歯科など受付から治療まで平均で三ヶ月もかかるのだ。
そして私が特に深刻だと感じていたのは、精神科系の医師が全くいないことだ。現在全国の受刑者の4割近くが、なんらかの精神疾患をもっていると言われているのに、その治療やカウンセリングを行える医師がいないのはどうみてもおかしい。
それではそういう者たちはどうなっているのかというと、暴れたり不眠症になったりすると困るから睡眠導入剤をガンガン処方されるだけ。だから昼間もクスリが抜けず、工場で寝ている者が大勢いる。クスリが効かなくなってくると単純に増量するだけなので疾患が改まることなく、時間の経過と共に睡眠薬中毒にされていくのだ。
以上のような実情を知っていれば、この記事の題名に
「非常勤でしのぐ」とあるが実際には全くしのげていないことが分かって頂けるだろう。病気にかかった受刑者は「しのぐ」のではなく「ただひたすら我慢する」しかないのだ。
延与記者にはその辺まで掘り下げた記事を望みたがったが、大新聞様には所詮無理な要望なのだろうか?