高齢者は刑務所でどう扱われているか
今回の裁判員裁判の被告は72歳。検察の求刑が懲役16年で多少の情状が認められても10年を下回ることはないだろうから、80を超えるまで塀の中で暮らす可能性が大変高いが、こうした高齢受刑者がここ10年で倍以上に増加しているので、黒羽刑務所で私が見た彼らの処遇状況を少々お話しておきたい。
まず高齢者といっても人それぞれで、60を超えた程度でも呆けてしまう人もいるし、80でも元気カクシャクな人もいる。ム所にはいるとまず2週間の教育期間があり、そこで個人の適性や状況が把握され、どのような処遇(労働の種類)を受けるかが決まる。
この期間に「とりあえず労役遂行に問題なし」と判定されると、若い受刑者などと一緒の工場に配属される。作業は出来る連中のレベルに設定されているから、そこで落ちこぼれると、段々簡単な工場へと移される。そうやって16工場に廻ってくる者も多い。
ム所に入ってきた時点で、明らかに「こりゃアカン」というレベル(身体が自由に動かない、認知症発症、その他精神的・身体的な障害を持った者)は最初から15・16工場に行く。ここは「ム所の掃溜め」「モタ工」と蔑まされる工場で、定員が70〜80名、半数が高齢者、残りが身体障害者と精神障害者、さらにオカマさんたちで、健常者は用務者を入れても10名程度しかいない。
高齢者にとって若い健常者たちと同じ工場に配属されるのは結構大変だ。作業スピードは早いし、荒くれ共が多いから何か失敗すれば邪険にされ、どやされる。作業中は誰も面倒を見てくれなし、昼食も10分程度で食べなければならないからとてもではないが落ち着けない。
何よりも雑居で若い連中と一緒になると苛められる可能性が高い。刑務官は違反には厳しいが、高齢者に気を遣ってやる余裕などないので、陰でのいじめまでは取り締まれない。ただ、仕事さえこなして目立たぬようにしていれば、皆から無視されて結果的に無事でいられる可能性はある。
そして辛い現実だが、高齢者だからといって刑務官が特別扱いをしてくれることは殆どない。もちろんバリアフリーの設備などあるはずもない。認知症を診てくれる専門医などいないから、全くのほったらかし。更に高齢者特有の病気である高血圧や糖尿病なども極めて簡単な診察が行われるに過ぎない。歯医者など予約してから3ヶ月以上かかる。要するになにか重い病気にかかっていると、それが進行して命に関わる危険性もあるが、だからといって特別扱いされることは殆どない。だからム所で亡くなる高齢者も多いのだ。
それに比べれば15または16工場に配属されれば天国だ。作業は超簡単だし、それでさえ出来なくても文句は云われない。工場とは名ばかりの介護病棟のような所なので、よっぽどくだらないことさえしなければ懲罰を喰らうこともない。移動の際につきものの行進ももちろんやらなくてよいし(というよりも出来ないのだが)、通常15分の風呂も20分間入っていられる。
特にすごいのは、ここにいる高齢者には、用務者が随時話しかけたり手を貸したりして、いつ会話をしていてもOKだった点だ。通常ム所というのは、自分の横の席の同囚と喋っているのも「不正巷談」といって即懲罰であり、許可なく他人の体に触れようものならそれもまた即懲罰に繋がる。ところが16工場ではそうしないと高齢者の面倒を見られないので、事実上黙認されているのだ。
さらに出色なのはやはり風呂だろう。動きがままならない認知症の者を、数人で手分けして服を脱がせ、手を引っ張って浴槽に入れ、時間を見ながら体を洗ってやり、さらにまた体を拭いて服を着せてやる。この瞬間だけ見れば、ここがム所とはとても思えない光景だった。
とはいえ、この工場にも定員があり、常に満員状態。ということは、ここに入りたくても入れない高齢者が山のようにいたわけで、それらの者たちは自分の息子や孫のような連中にどやされ、こづかれながら毎日を送っている場合が多い。
あの72歳の被告の受け答えを聞いているととりあえず通常の工場に配属される可能性が高く感じられ、8年以上の刑期の者は長期刑受刑者用の刑務所に行くからさらに生活は厳しいだろう。殺人を犯したのだからそれなりの刑を受けるのは当然として、再び娑婆の空気を吸える日が来るのか、などとニュースを見ながらいらぬ心配をしてしまう自分が居た。まだまだム所の記憶が抜けないなぁ。